『根拠なき熱狂』バブル崩壊予言の書

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根拠なき熱狂再来!、今回は根拠ある熱狂?…など、最近よくニュース記事の見出しで「熱狂」という言葉を目にします。

その元ネタといえる、ロバート・J・シラーの『根拠なき熱狂』という本をご紹介します。
投機バブルの発生要因を、おもに心理的・文化的な側面から分析した本です。

根拠なき熱狂

アメリカ株式市場、暴落の必然

ITバブル崩壊を予言した本

『根拠なき熱狂』の原著が出版されたのは2000年3月です。
当時のアメリカはインターネット・バブルの最中で、まさにこの3月をピークとして株価は暴落しました。

バブルを警告する本としては絶妙なタイミングで出たこともあり、当時はかなり話題になったそうです。

総合的に見ると、それらの洞察は、現在の株式市場が「投機バブル」の典型的な特徴を備えていることを示唆している。すなわち、実際の価値に対する一貫性ある評価ではなく、もっぱら投資家の熱狂によって、一時的に高い価格水準が維持されている状況だ。

ロバート・J・シラー『根拠なき熱狂』(以下同)

ちなみに「根拠なき熱狂(Irrational Exuberance)」というタイトルは著者のオリジナルではなく、1996年12月に当時のFRB議長、アラン・グリースパンが語った言葉です。

株式市場に対するグリーンスパンの批判的な演説のあとに、株価は急落しました。
この言葉に対する反応には、世間が抱いていた懸念が反映された」とシラーは分析しています。

根拠なき熱狂

ガルブレイスの『バブルの物語』によれば、このように投機ブームの渦中で水を差す意見を表明することは、金融業界の有識者としてかなり勇気を要する行為といえます。

歴史は繰り返す『バブルの物語』

結果的にはバブルの予想が大当たりして、シラーの逆張り戦略が功を奏したといえます。

あるいはこの本の出版自体がグリーンスパンのコメントと同じく、自己成就予言となってITバブルの崩壊を招いたのかもしれません。
本書もバブル崩壊につながる負のフィードバック・ループを加速させた、いくつかの要因のひとつであった可能性もあります。

12の構造的要因

1982年から2000年にかけての持続的な株価上昇は、米国市場でもっとも劇的な強気市場といわれていました。

シラーはこの株高現象を「企業収益の実質成長に対応したものではない」と断言しています。
そして所得成長率や実質金利など、経済のファンダメンタルズに拠らない、心理的・文化的な12の株高要因を提起しています。

  1. インターネット(新技術)の到来
  2. 経済的ライバル(ソ連・アジア諸国)の衰退
  3. ビジネス的成功(物質主義的価値観)を尊重する文化の醸成
  4. キャピタルゲイン減税への期待
  5. ベビーブーマーの投資・消費による影響
  6. メディアによるビジネス報道の拡大
  7. アナリストの楽観的な予測
  8. 確定拠出年金プラン(401k)の拡大
  9. ミューチュアルファンドの成長
  10. インフレの抑制
  11. 取引量の拡大(ディスカウント/オンライン証券会社)
  12. (株式投資以外の)ギャンブル機会の増大

これらのうち、今の日本市場にも当てはまりそうなものをいくつか取り上げてみます。

新技術への期待(インターネット→AI)

インターネットという新技術の普及が楽観的な気分を盛り上げ、ITバブルの要因になったという説です。

当時の人々の印象としては、テレビやパソコンよりもインターネットは画期的な発明と受け止められたそうです。
しかも造船技術や素材科学といった地味な分野の発明と比べて、インターネットは素人でも具体的なサービスを連想しやすいため、話題になりやすかったと指摘されています。

2024年現在、「AI」というバズワードが当時のインターネットに匹敵するといえそうです。

ガートナーのハイプ・サイクルで説明される「過度な期待」があるかもしれませんが、長い目で見ればAIや機械学習が普及していくことは間違いないと思われます。

しかしシラーによれば、こうした新技術は既存企業の利益を圧迫する方向にも働くので、必ずしも株価上昇の理由にはならないとされます。

また当時は(たいして利益を上げていない)ドットコム企業の登場と、持続的な企業収益の成長が「たまたま同時期に重なった」ため、この2つを結びつける連想が働いてしまったと指摘されています。

現在のバブルらしき現象も、実はAI技術とは関係のない理由で株価が上がっているのかもしれません。
それなのになぜか「AIバブル」という言葉がひとり歩きしていて不気味に感じます。

最新技術と株価高騰を関連づけて説明するのは人々にとってわかりやすく、メディアにとっても都合がよいからだろうと思われます。

AI生成したツチブタのイラスト(Midjourney)

AIで生成したツチブタのイラスト(Midjourney)

401kの拡大(新NISAとiDeCo)

米国の年金基金が確定給付型から確定拠出型に変わることにより、株式への投資が促進されたと著者は主張しています。

もちろん401kで債券やMMFに資金を割り当てることも可能です。
しかし従業員の選択対象に株式投資のカテゴリーが多く提供されることで、相対的に株への需要が高まるという、心理的な効果が証明されているそうです。

今年から期間・上限額とも大幅拡充された新NISAと、70歳まで拠出可能になったiDeCoは、米国における401kと同様、長期的に株価を押し上げる効果があるでしょう。

株式以外の商品として、新NISAで債券ファンドやREIT、iDeCoで元本保証の定期預金などに掛金を配分できないわけではありません。
しかし「人々は利用可能な選択肢のすべてに均等に資産を割り当てる傾向がある」というリチャード・セイラーらの研究結果に従えば、商品数の多い株式に資産が偏ることになります。

新NISAやiDeCoの活用に関するメディアの記事も、明らかに株式を中心とした投資信託を推奨しています。
これまで証券会社が積極的に宣伝せず、日陰の存在だったインデックスファンドも、新NISAの推奨銘柄として、にわかに注目を浴びています。

「貯蓄から投資へ」という政府のスローガンと、株式を偏重したメディアのプロモーションが、日本株・米国株の上昇要因になっているのは間違いないと思われます。

新NISA投資信託積立て状況

減税への期待(仮想通貨=雑所得)

90年代は米国で共和党が優位になり、投資のキャピタルゲインに対する税率がどんどん下がっていたそうです。

将来的にさらなる減税が見込める場合、含み益が出ている銘柄を売らずに持っておいたほうが合理的と考えられます。
こうした投資家の思惑が重なり、株の売却が見送られたおかげで、価格の高い状態が保たれているという仮説です。

利益確定時に支払う税金について、気にする人は少ないかもしれません。
しかし税金は確実に投資パフォーマンスを悪化させる要因なので、個人的には売買時の手数料とならんで重視している項目です。

今の日本では、仮想通貨が値上がりしている理由を、この要因によって説明できるかもしれません。
「仮想通貨の利益が雑所得に分類される」という状況が、間接的に価格の高騰を助長しているように思われます。

雑所得は累進課税で、住民税を合わせると最高55%もの税率になります。
暗号資産で大儲けした人が話題になっても、その裏では利益の半分以上を税金で持っていかれるわけです。

自分も今年は保有していたビットコインが大きく値上がりしました。
しかし雑所得の高い税率を考えると、売るに売れないジレンマに陥りました。
株式との損益通算や繰越控除も使えません。

(ほかの所得と合わせて195万円以下なら税率5%で、住民税と合わせても15%で申告分離課税より有利だと思いますが…)

仮想通貨の値上がり

仮想通貨もいずれは他国と同レベルに減税されるか、株式と同じく20%の申告分離課税になると予想されます。
そうなると現状で含み益を抱えたビットコインは、税率が下がるまで売らずにキープしたほうがお得ということになります。

90年代の米国株式市場と同様、日本の暗号資産市場も、将来の減税に対する期待が値上がり要因になっているように感じます。

バブルの増幅メカニズム

シラーは株価高騰に関わる上記12の要因が、一種のフィードバック・ループによって増幅されると主張しています。

過去の株価上昇によって自信を持った投資家が株価を競り上げ、さらに多くの投資家が惹きつけられる…このサイクルが何度も繰り返されることで、「自然発生的なポンジー詐欺」につながるという指摘です。

ここでフォードバックの過程にニュース・メディアが一役買っているというのは、「12の要因」でも説明されています。
投機バブルの歴史は、新聞の登場と同時に始まった」といわれるほどで、1630年代のオランダ・チューリップバブルでも、新聞の記録が残っているそうです。

また「関心のカスケード」という現象によって、当初のニュースよりもっと悲観的な印象が生じてしまうこともあるそうです。
阪神淡路大震災のあと「もし地震が起きたのが東京だったら」という議論が盛り上がり、1週間という時間差で日経平均が暴落しました。

同じく「情報カスケード」という仕組みで、非合理な集団行動が生み出されるプロセスについても解説されています。
「他人が選んでいるものを選べば無難」という短絡的思考が原因となって、集団の非合理な選好が生じるという理論です。

バブルの最中においては、個人・群衆に対する各種の認知的なバイアスが働き、合理的な思考が難しくなります。
そして人々の感情的な反応がメディアや口コミを介してフィードバックされ、正/負の方向に極端に作用するというバブルの増幅傾向について説明されています。

ブタの熱狂

他人の成功が気になる理由

個人的におもしろいと思ったのは、バブルの過程では株価収益率の分析といった抽象論よりも、「成功/失敗した投資家」という感情的なエピソードで情報が広まるという分析です。

投資に成功した投資家は忍耐力と知性があり、道徳的にすぐれているとみなされる傾向については、ガルブレイスの『バブルの物語』でも取り上げていました。

我が身を振り返ってみても、他人の成功は自分の失敗と同じくらい悔しい気持ちがするのはなぜでしょうか。
「バブルで稼いだ」と人から聞くことは、「バブルに乗り遅れた」という自分の判断ミス(機会損失)を意識させるからだと思います。

プロスペクト理論の損失回避性に関する説明によれば、同額の利益を得るより損失を被る方が心理的ダメージは大きいとされています(利益<損失)。

これと同じ理屈で、他人の投資パフォーマンスを評価する場合は、感情的な歪みが「利益>損失」と逆方向に働くのではないでしょうか。
人の失敗を見て感じる優越感よりも、人の成功を見て悔しく感じる気持ちの方が大きいと実感します。

他人が多くの利益を稼いだという事実は、多くの人々の目に、ポンジー詐欺に伴う投資の筋書きを正当化する最も説得力のある証拠に見えてしまう。いくら注意深い理屈でその筋書きに反論しても、そうした証拠のほうが強力なのだ。

普段は冷静な投資家でも、他人の成功話に触発されるとファンダメンタルな分析などすっかり忘れて、投機に加わってしまう誘惑があるようです。

まわりの人の損得に対する心理的な非対称性も、バブルを助長する構造的要因のひとつと思われます。

行動ファイナンス

シラーは「後講釈、魔術的思考、代表性の法則、非結果的推論」など、行動ファイナンスの用語をもちいて、株式投資にまつわる各種の心理的バイアスを紹介しています。

モラル・アンカーという概念によると、人間の行動には量的評価より「物語」や「正当化」が大きく影響するそうです。

しかし本書では「仮説の上に仮説を重ねる」ような具合で心理学の知見を株式投資に適用しているので、信ぴょう性に乏しいと思われる主張も見受けられます。

たとえば群衆行動に関して紹介されているスタンレー・ミルグラムの実験は、ほとんど捏造・操作されたものだったという指摘もあり、今ではたいして参考にならないかもしれません。

(参考)ルドガー・ブレグマン『Humankind 希望の歴史』

シラーが主張しているポイントをまとめると、投資家は後知恵で自信過剰になる傾向があり、物語ベースの不適切な意思決定を行いがちだということです。

こうした人間の非合理性、また当時のインターネット関連銘柄の過大評価を引き合いに出して、効率的市場仮説を反駁しているところはガルブレイスと共通しています。

長期投資の矛盾

シラーは投資家の心理を分析するなかで、「人々は心の中で矛盾した見解を同時に持てる」と指摘しています。

株式市場は予測不可能であり、市場のタイミングをはかることは無意味だという考え方は広く信じられている。ところが人々はその一方で、たとえ株式市場が崩壊しても、いずれ回復すると信じている。この二つの見解は明らかに矛盾している。

これを読んで、長期のインデックス投資にまつわる個人的な疑問を解消することができました。

長い目で見れば、株式投資はインフレを上まわるリターンを得られるといわれています。
しかし株価がランダム・ウォークに従うと仮定するなら、今後の株価も予測できないはずです。

インデックスファンドは安全に稼げる投資商品だと思いますが、厳密にいえば過去のパフォーマンスが将来も続く保証はありません。
我々が生きているうちに、大恐慌を超える長い不況がやって来ないとも限らないわけです。

そう考えるとバブルの心理的要因と同じく、株価指数への長期投資も科学的な根拠はなく、ただ人々がそう信じているから値上がりする「自己実現型の予言」なのかもしれません。

分散投資のすすめ

バブルの要因として、投資家の心理的な側面を掘り下げたという功績により、『根拠なき熱狂』は歴史的価値のある本といえます。

バブルの発生メカニズムは解明できても、投機的な市場変動を政策で抑え込むのは難しいと著者は認めています。

根拠なき熱狂や不合理な悲観主義の波がもたらす影響から社会を完全に守ることはできない。こうした感情的な反応は、それ自体、人間が人間である条件の一部なのだから。

不完全な人間が自由市場で利益を追求する以上、株式に限らずあらゆる市場でバブルが発生するのは仕方ないのかもしれません。

こうした結論を前提として、著者は株式以外の債券・不動産などへの分散投資や、ポートフォリオの多角化という、保守的な投資方針を勧めています。
たしかに2000年ドットコムバブルの崩壊直前においては、「米国株の保有を減らすこと」というシラーのアドバイスが、きわめて有効だったことでしょう。

社会保障の危機

さらに進んで本書の結論では、経済的リスクを管理するために「マクロ市場」を創設し、自分自身の収入にショート・ポジションを設定できるようにするべきと提案されています。

株式市場だけでなく、人々の職業選択や人的資本にも投機バブルは起こり得るので、リスクを相殺するヘッジングが必要、という考え方によるものです。

こうした提案がなされた背景にも、やはり「近頃の株式市場の高水準は、何ら正当な原因に由来するものではない」という著者の洞察があります。

1996年時点で、401kプランの3分の2以上が株式に投資されていたそうです。
今のバブルが弾ければ、多くの米国民が年金を失って路頭に迷うとシラーは予想したのでしょう。

投資家個人の損失を超えて「社会保障の危機」という意識から、上記のようなリスクヘッジのアイデアが出てきたものと思われます。

投機への憧れ

ともに投機バブルを分析したJ・K・ガルブレイスとR・J・シラーは、株高局面では投資から手を引くこと、株式だけでなく債券などへの分散投資といった安全策を推奨しています。

その一方でバブルの構造的要因を理解できれば、市場変動に乗じて派手に稼ぐことも不可能ではないと考えられます。
ファンダメンタルとの乖離や、メディアの情報を冷静に分析すれば、バブルのピークを察知してタイミングよく売り抜けることができるのかもしれません。

結局のところ経済学者が投機バブルに興味をもつのも、「そのメカニズムを解明すれば一儲けできる」という野心があるからではないでしょうか。

『バブルの物語』を翻訳した鈴木哲太郎さんは、「ガルブレイスは投機に対して憧れにも似た特別な関心を持っている」とあとがきに書かれていました。

ガルブレイスは過去の経済学者に言及して、「フィッシャーは株で損して、リカードとケインズが株で儲けた」と特記しているそうです。
また「株式市場で確実に儲かる方法を発明して、莫大な利益を上げる経済学教授」を主人公にした小説を書いていたりもします。

私が最近バブル関連の本をよく読むのも、やはり「今のAIバブルが本当のバブルか知りたい(そうであれば頃合いを見て株を売りたい)」という思惑があるからです。

ガルブレイスが抽出した歴代バブルの共通パターン、シラーが指摘した12の発生要因を精緻化すれば、バブルで稼げる魔法のフォーミュラを編み出せるかもしれません。
凡庸な投資家としては、バブルの崩壊局面でさほど痛い目に遭わずに済ませられれば十分ともいえます。

ひとまず最近のいくぶん熱狂的な風潮から頭を冷やして気持ちを整えるため、これらのバブル本は役に立つと思います。

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